暗闇がホテル全体を包み込んでいる。鬱蒼と茂る木々の涼しさが感じられる時間に目覚めた。昨日、タクシーで眠ったおかげだろうか。4時起きだが、疲れは感じられなかった。集合場所のロビーに行き、小さなプラスチック製の懐中電灯を受け取った。暫くフロント前の椅子で待つ。遠くからエンジン音が聞こえてきた。するりと1台の白いワゴンがやって来た。僕たち以外に二組の観光客がワゴンに乗り込んだ。荒れた舗装路を走り、ボロブドゥール寺院の門から中に入る。サンライズツアー参加者のみが入ることのできる時間帯が今である。まだ闇夜に沈んでいる寺院を見ることのできるのは本当に限られた人々だけ。辺りが次第に明るくなり、それに伴い寺院の外郭がひっそりと目の中に進入してくる。光景を目に焼き付けようと強く意識する。
日の出を瞬間を見るためにボロブドゥール寺院の頂を目指す。すっかり明るくなった寺院は暗闇の中にいたそれとは印象が違う。昨日寺院内部を歩き回っただけあって、最短ルートで寺院を登ることができた。5時前に頂上に到着。冷気を含んだ湿った風を肌で浴び、眼下に広がる光景をなめた。霧の立ちこめる森林はあまりにも幻想的。雲海を想像する。遠くに見える山々にまで霧は広がっており、寺院が雲の上にあるような錯覚すら覚えていた。残念ながら日の出を見ることはできなかったが、人の少ない寺院を堪能できたことは貴重な体験であった。世界文化遺産の寺院を独り占めしている優越感、訪れて良かったと心から思えるひととき。
太陽が昇りきった6時過ぎ。ボロブドゥールは観光客であふれてきた。開門は6時過ぎ、その瞬間からどっと人が流れ込んでくる。彼らと入れ替わり、僕たちは寺院をあとにした。ふと、寺院を振り返りもう一度その画を目に焼き付ける。
ホテルに戻った後、軽めの朝食を取った。荷物をまとめチェックアウト、次の目的地であるジョグジャカルタを目指すことにする。ホテルから徒歩20分の所にあるバスターミナルからジョグジャカルタ行きのバスに乗り込む。乗客は現地の人ばかり。バックパックをしっかりと抱え込み、飛ばしまくるバスに気分を高揚させていた。眠気は全くやって来ない。流れる現地の景色に目を奪われ2時間弱の乗車を終えた。到着地はジョグジャカルタのバスターミナル。市街地からは少し離れている。さて、ホテルはウィスマ・アリスに決めていた。どうやって向かおうか考えていると、バイクタクシーの運ちゃんが声をかけてきた。初めのうちは軽くかわしていたが、なかなかホテルへ向かう足を手に入れることができないこともあり、話に乗ってみることにした。もちろん、ホテル以降のプランも交渉に入れる。プランバナン寺院を訪れる計画。結果、すべて込み込みでひとり当たり10万ルピアで手を打つことに。ボディーランゲージを駆使した会話にもだいぶ慣れてきた。
インドネシアの訪れての初めてのバイクタクシーは爽快だった。少し迷っても容易に方向修正が利くため、ジョグジャカルタ郊外の路地を走るときに打って付け。難なく目的地のホテルに到着し、荷物を降ろす。今回もリッチにエアコン付きの部屋を選択。一部屋15万ルピアだ。運ばれてきた紅茶を嗜み、暫く休息を取る。出発は10分後、バイクタクシーに乗り込みホテルを出た。お金が少々心配ということで途中の両替屋でエクスチェンジする。友だちが両替している間、店に並んでいた物品を眺めていた。そこではゲームボーイが現役を張っており、現地の人がなかなか手に入れることのできない価格設定となっていた。日本の影響力をこのような小さな場面でも感じる。
雲がまばらに散らばる青空の下をバイクは滑走する。思ったよりも安全運転なのは、僕たちが日本人だからだろうか。信号と法定速度をしっかりと守る、当たり前のことだが東南アジアでは希な印象。ハプニング無く、お昼前にプランバナン寺院に到着した。予習することなくやってきたため、プランバナン寺院群がどのような場所かあまりわからない。でも、雰囲気を楽しむことが重要、晴れた空の下、緑が広がる寺院をゆっくりと歩き回った。寺院は史跡公園となっており、多くの鹿が放し飼いされていた。群れをなしていたため、近寄る勇気は出なかったが、遠目に見て心を落ち着かせるには十分な存在だった。ロロ・ジョングラン寺院、ルンブン寺院、ブブラ寺院、セウ寺院が公園内にある。しかし、残念なことにロロ・ジョングラン寺院を始めとした寺院が先日発生した地震の影響で半壊しており、その修復の影響で近づくことができなかった。設定された通路を通り鑑賞するスタイル。
寺院群を満喫した後、公園内にある露天にて昼食を取ることにした。ココナッツジュースと適当に鶏肉料理を頼む。出てきた鶏はドンと丸ごと。予想外ではあったが、落ち着いた味で美味しかった。そしてリーズナブル。食後、他の露天をぶらぶらしバイクタクシーの運ちゃんのいるところに戻った。寺院を後ろに見つつ、ジョグジャカルタ市内へ向かって疾走するバイク。市内に入る前に、訪れてみたかったバティックショップで降ろしてもらう。20分ほど店内を歩き回り、安いバティックひとつだけを購入した。再びバイクに乗り込み、市内の繁華街に向かってもらった。繁華街を訪れた理由は、現地の人の生活をこの目で見たかったから、ついでにお土産を買いたかったからだ。バイクタクシーの運ちゃんにお金を渡しお別れする。気付けば、半日もチャーターしていたことになる。バスターミナルでの出会いは、結果良い出会いとなった。
目指すはマリオボロ・ショッピングモール。行き交う車とバイクと人の量に狼狽えたりもしたが無事に到着。訪れるまでに見た市街地の様子は活気にあふれており、現地の賑わいを感じることができた。さて、モールに入ると目に飛び込んできたのは川崎重工のバイクだ。あたかも、博物館の重要展示物のように飾られていた。もちろん新車。そういえば、走っているバイクのほぼ9割は川崎製だった。思わぬところでインドネシアでの川崎勢力の凄まじさを垣間見ることができた。モール内の店舗は、屋外の他の店舗に比べ、爽やかで上品な印象を持った。この土地には少し合わない。ひと通りモール内を回るべく、エスカレーターで上階へ向かう。着いた最上階、ここでジョグジャカルタらしくない光景が目に飛び込んできた。ゲームセンターである。日本のそれと比べるとはるかに劣るのだが、間違いなく異彩を放っていた。置いてある筐体は二昔前に日本で流行った物。描かれている文字、筐体の中で流れる文字が日本語なのがくすりと笑みを誘う。そんなゲームセンターに上手い子がいるのは万国共通なのだろうか。”ParaParaParadise 2ndMIX”を遊んでいた女の子があまりに上手すぎて見入ってしまった。
ふと、時計をみると18時を回っていた。モール内で夕食を済ませることにする。肉入りビーフンとナシゴレン、モール内の料理のためきれいな印象を受ける。ビーフンにのっている肉は少々油っぽかったが、全体的にあっさりとまとまっており、やはり食べやすかった。本当にインドネシアの料理は日本人の口に合う。食後、少しだけスナック菓子を購入し、バジャイでホテルへ戻る。初めてのバジャイだったが、走りがダイレクトに伝わってきておもしろかった。ただ、ホテルまでの道がとても悪路で、また運ちゃんが70前後のおじいさんで相当苦労しているように感じられた。でも、とても親切なオーラを出しているおじいさんで、一所懸命指定した目的地まで連れて行ってくれた。少しだけチップを渡しお別れの挨拶。
ホテルのオーナーに明日の飛行機が早いことを伝え、タクシーを依頼する。出発が5時にも拘らず、朝食を用意してくれるという。本当にありがたい。明日のほとんどは移動に費やすだろう。体力温存すべく22時過ぎには眠りに落ちた。